【ARUHIアワード11月期優秀作品】『三日坊主の日々にも三年』藤田さいか

 ヘアピンやヘアゴム、イヤホンのイヤーピース、レポートを挟んでいたクリップ。日々使う些細なものはよくなくなる。修学旅行の時に買ったトランプ、古いカメラの充電器、必要のなくなったUSBメモリ。普段使わないものはいつのまにかなくなっている。そういった物を無くした時、私は探し出そうとしないから、見つけられることはあまりない。だけどユキは、不思議とそれらを見つけるのが上手かった。
「懐かしいね。卒業したの、何年前になるんだっけ?」
「高校が去年やから、中学は四年前になるんかな?」
本棚の裏から出てきた中学校の卒アルを、広くなった折りたたみテーブルの上で開く。他にあるのはポテチと柿ピー、それからアルコール3%の缶チューハイが四本。約三時間にも及ぶ掃除を終えた私たちは、いよいよ宅飲みを始めていた。
「うわ~、みんな変わってへん!」
「写真なんだから当たり前じゃん」
「ほんまやな。なんか久しぶりに会った気分になってたわ」
三年三組の生徒三十八人と、担任の先生、副担の先生が、四年前の姿のまま、見開き一ページの中で笑っていた。私とユキは同じクラスだった。こうして見比べてみると彼女はちょっと痩せた気もするが、肌の白さと陽だまりのような明るさには、なんの陰りも見られない。私はと言うと「髪が伸びて顔がちょっとシュッとしたくらい」らしかった。話題は自然に、誰それが何してる、というものへ移っていく。
「こないだ中川に会ったら、髪の毛紫になってた」「鳥谷バンドやってんねんで。動画あげてはったわ」「ミユナと田口、結婚したってほんと?」「道重さん、やっぱ音大行ったんやなぁ」
卒アルで名前を確かめながら、SNSで誰かの繋がりを手繰りながら、他人のアカウントを探し当てる。生活を覗かれないためには、この部屋のカーテンを閉めることよりも、アカウントに鍵をかけることの方が私にとっては重要だ。
「そういや三浦はK大行ったんだっけ。凄いよね」
「どっちの三浦?」
「頭いい方の」
私は柿ピーの小袋を開けて、数粒を手のひらに乗せた。柿の種は多めで、ピーナッツは二個くらいがちょうど良い。
「あー、あいつな」
ユキが新しい缶チューハイを手にとって、プルタブの輪に指をかけた。
「K大辞めたで」
パキッ、プシュッ。密封されていた缶の中身が、新鮮な外の空気と混ざり合う。一粒の柿の種が、傾いた私の手からこぼれ落ちた。K大、中退。
「うっそ、なんで?勿体無くない?」
「なんでって、まあ、大学行きたくなくなったんやろ」
「だから、それが謎」
「うちもそこまで知らんよ。辞めたっていうのも又聞きやし。なんか夢があって、やったような気するで」
"知らんけど"ユキは最後にそう付け足した。責任は持ちませんよ、という宣言なんだろう。思わず開いた口が何か喋り出す前に、私は手にした柿の種を全部頬張る。
―夢って、ねぇ
夢に向かって頑張る人を追いかける企画は、スポーツ、バラエティー、ドキュメンタリーとジャンルを問わずによく見かける。「今売れるのは、努力の過程」どこかのコメンテーターがそう言っていた。「あの選手が作っていた夢ノートを、皆さんも作りましょう」高校の先生は私たちにそんな課題を与えた。 みんな、誰かの頑張る姿が好きだった。私も昔は好きだった。だけど今は、その姿を見るたびに―いや、多分、綺麗になった駅のトイレとか、大会に優勝した後輩とか、同級生のSNSとか、そういうのを見るたびに、背中がヒヤリとしてしまう。
「K大捨ててまでやりたいことって、なんだろね」
学歴を捨てて、夢のために時間をつかって、それで何にもならなかったら、三浦はどうするのだろう。「今何してる?」「これからどうするの?」という質問に、まだ結果を出していない彼はどう答えるのだろう。

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