【ARUHIアワード11月期優秀作品】『三日坊主の日々にも三年』藤田さいか

私たちは中一の春、別々の所からこの地区―それもはす向かいの家に引っ越してきた。同じ境遇からすぐに意気投合し、知り合って八年が経つ今でも、片方の部屋に入り浸っては漫画を読んだりする仲にある。好きな漫画のジャンルは同じでも、不思議と、違うものを持っていることが多いのだ。
「そや、二十歳になったんやし一緒に宅飲みでもしようや」
「あぁ良いね、大人って感じで。どっちの家でやる?」
「掃除がてらそっち行こかな」
「ほんと?じゃあついでにレポートも片付けといてくれる?」
「いや、ついでの範囲超えてるわ」
「知ってるよ」
「なんやねん」
ユキとの他愛ないやり取りが風景と共に流れていく。車窓から見えるのは、ワイドショーで取り上げられるようなこともない平穏な街だった。バイト先のスーパーを通り過ぎる。先輩アルバイターの橋本さんは今日も「俺がこのスーパーを回してるんや」と息巻いているのだろう。電車はもう間もなく次の駅に到着するようで、聴き慣れた独特な車内アナウンスが駅名を繰り返し告げていた。そこが私たちの最寄駅だ。発車からおよそ二分。定刻通りだった。


「キーボードめっちゃ埃かぶってますけど、これ音出るん?」
「さぁ、どうだろう?もうだいぶ弾いてないからわかんない」
「てかハルって、ピアノ弾けたん?」
「いや、ユキほど弾けないよ。ピアノ教室は一年半で辞めちゃったから」
部屋の掃除をしている最中。小学校の入学祝いに祖父から貰ったキーボードが、押入れの奥、鍵盤の隙間にまで埃が詰まった状態で発見された。綺麗にしたところで今後弾くことはないだろうなと思いながら、ユキと一緒に雑巾で埃を拭い取る。
「そうなんや。ゆーてうちもソナチネ入るくらいで辞めたんやけどな。ソナタとか無理やわ」
「わかる。あ、でも中学の時、ソナタやってる子クラスにいたよね」
「道重さんやっけ?めっちゃ上手かったもん、覚えてるで」
「あれくらい弾けたらこのキーボードも使う気になるんだけど」
私はため息混じりにそうぼやいて、大きく肩を落とした。生まれてこの方二十年、私は物事を長く続けられた試しがない。小一で習い始めたピアノは初級のバイエルで辞めたし、中一の時に入ったバドミントン部も、その年の冬、三年生と共に引退した。その他ダイエットや美容エクササイズなど、一週間から数ヶ月の内に辞めてしまった物事なんて数え上げればキリがない。結果が出るともわからないことに、時間をかけるのは嫌だった。
ユキが鍵盤を拭く手を止めて、取り外された譜面立てを見る。そこには演劇部時代に使っていた台本のいくつかが、くたびれた様子で並んでいた。高校を卒業するまではキーボードを部屋に組み立ててあったので、譜面立てが台本置き場になっていたのだ。
「ハルはピアノっていうか演劇やろ」
ユキの頓珍漢な発言に、私は思わずため息をつく。
「あのね、私たちの舞台を観たことがないからそう言えるんだよ。ほんと酷かったんだから」
「審査員に台本があかんとか、ボロカス言われたんやっけ?でもハルの台本、未完のままでもおもろかってんけどなぁ。友達も続き気になる言うてたし」
「何勝手に人に見せてんの?」
「人に見せたくなるくらいええと思ったんよ~」
ユキが尖らせた口を、手にした藁半紙の束で隠す。それは高二の夏、地区大会で使う台本の候補として、部内選考会に提出した私の作品だった。ユキの指の隙間から覗く最後のセリフが、句点を打ったきり、今も続きを待ち侘びている。だが、私に続きはもう書けない。その句点を打った時、フッと、多くの時間をかけていたことに気づいてしまったからだ。
「言っとくけど地区大会では、それ、使わなかったよ。やったのはネットで見つけた既成作品」
「え、そうやったん?」
ユキが目を丸くして私を見る。続けて「なんで?」と訊いてきた。何故も何も、未完なんて論外だし、多数決でそう決まったとしか言いようがないのだが、心当たりを一つ思い浮かべて「あー」と低く唸る。
「皆、やりやすそうなのが良かったんだって。ほら、創作だと演出から照明まで自分たちで考えるでしょ?既成作品だとある程度決まってるから」
三年前の部員の言葉を、私はそっくりそのままなぞっていく。
―どうせ結果なんて出ないんだから、せめてそんなに努力もいらなそうな、なんとなく五十分が経ちそうな脚本で良くない?
私が唯一長く続けて、部長まで務めた演劇部は、そういう所だった。

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