アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた11月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。
わたしの家には、檸檬の木がある。じーちゃんが元気だったころ買ってきた木だ。
ばーちゃんは野菜を作るのが上手で、いろいろなものを育てているんだけど、この檸檬の木だけは一度も実ができたことがない。
ばーちゃんにそのことを言うと、「あれはじーちゃんの木やから、ばーちゃんは知らんよ」とそっけない。
だけど、わたしは知ってしまった。
だれも知らないばーちゃんのヒミツを知ってしまったんだ。
ばーちゃんの朝は早い。
六時に起きて、顔を洗ったら、六時半には庭に出て、ラジオ体操をする。
ばーちゃんは耳が遠いから、ラジオの音がとても大きい。
わたしは、毎日このラジオの音で目がさめる。
ラジオ体操が終わると、庭で育てている野菜の水やりをする。
水道と庭を何度も行ったり来たりして、水やりをする。
水やりが終わると、ばーちゃんは大きな声でわたしを呼ぶ。
「はよ来なさいよ。今日も仕事いっぱいあるで!」
わたしは、ねむい目をこすりながら、パジャマのまま庭に出ていく。
「なんだいあんたは、パジャマのままで!」ばーちゃんは、そう言いながら、わたしにハサミをわたす。
そして、大声で今日の指令を出す。
「トマトを五つに、きゅうりが六本、ゴーヤ四つと大葉は十枚!」
野菜を収穫するのがわたしのお仕事だ。
野菜をとるのは、簡単じゃないんだ。一番おいしい時にとらないとダメだ。
今日とるか?明日まで待つか?それを考えながらとるんだ。
わたしは、幼稚園の時からばーちゃんに鍛えられているので、今は一人でちゃんととれるようになった。
「トマトは五つね、きゅうりは、、、ばーちゃん、きゅうり何本だっけ?」
きゅうりをとりながら、わたしが大声でさけぶ。
いつものように、檸檬の木のお手入れをはじめたばーちゃんが「六本」とさけび返す。
「八本にするよ!」わたしもさけび返す。
今日とらないと、明日には大きくなりすぎる二本もとっちゃうよって意味だ。
ばーちゃんは何も言わないが、何も言わないのは「わかった」ってことだ。
きゅうりをとり終わったら、ゴーヤのところに行く。
そして、森のようにしげった葉っぱの陰から、ばーちゃんをのぞき見する。
ばーちゃんは丁寧に、檸檬の葉っぱをさわりながら、今日もボソボソ何かしゃべっている。
毎日、わたしはゴーヤの葉っぱにかくれて聞き耳をたてるんだけど、よく聞こえない。
今日こそはと、わたしは足音をたてないように、そろりそろりと近づいた。
「じーちゃん、今年もなんとか三匹サナギになりましたよ」
「たまごもよう虫もいっぱいいたけどね、のこったのは三匹。あと少しだから、大事に育てますよ」
ばーちゃんが小さな声で、つぶやいている。
ばーちゃんは、毎日、じーちゃんとおしゃべりしていたんだ。
檸檬の木をじーちゃんだと思っておしゃべりしていたんだ。
わたしはまた足音をたてないように、そろりそろりとゴーヤのところにもどった。
じーちゃんは三年前に死んじゃった。
もともと学校の先生で、虫や植物が大好きだった。
檸檬の木も、はじめは檸檬の実がなるように育てていた。
たけど、たまごを生みにくるアゲハチョウのよう虫のために、葉っぱがいっぱいできる様に育てるようになったんだ。
そんなじーちゃんをばーちゃんはいつも、「実のならない檸檬を育てるなんて、バカみたいじゃ」と言っていた。
じーちゃんが死んでも、ばーちゃんは泣かなかったし、仏壇に手を合わせているのも見たことがない。
仏壇のお供えのまんじゅうなんかも勝手に食べちゃったりもする。
怒られると「仏壇は食わん。生きとる人間は腹がへるから、うまいうちに食べるんじゃ」と言う。
そんなばーちゃんの事を、みんな、かげでは「オニばー」って呼んでいる。
だけど、ばーちゃんはただの「オニばー」じゃなかった。
じーちゃんの代わりにアゲハチョウを大事に育てている。
そして、仏壇の代わりに檸檬の木に毎日、お話をしている。死んじゃったじーちゃんと毎日おしゃべりをしているんだ。
わたしは、うれしくなってニコニコしながら「ばーちゃん、全部取ったよ!」と大声で言った。
ばーちゃんは、かごの中をのぞきこみながら、「はい、不合格」と言った。
「なんでよー」ってわたしが言うと、「ナスがない」とばーちゃんが言った。
「ナスは言われんかったよ」って言うと「ばーちゃんの言うことだけ聞いていてもダメじゃ。おまえは言われたことしかせん。自分で考えてやらんとダメじゃ!」
いつもように、ばーちゃんが怒った声で言った。
わたしは、笑いながら背中の後ろにかくしていたナスを取り出して言った。
「つけ物にする分やろ?」
それを見たばーちゃんは、「かわいくないねー。あんたは!」そう言って大きな声で笑い出した。
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