寒さが和らぎ漸く春の訪れを感じ始めた頃、私はサヨちゃんと川上さんのお見舞いにやって来た。
やはり肺炎が原因で、三週間程の入院治療を要したが、川上さんはすっかり良くなりリハビリを受けているところだった。
「ありがとうね、来週には退院できるみたい」と川上さんは笑顔を見せた。
「良かったね。来週はみんなで花見をする予定よ。ちょうど満開をむかえるんじゃないかしら」
「あら、花見なんて嬉しいわね」
「峰岸さんにお願いしたの。せっかく庭に綺麗な桜が咲くんだから、もったいないでしょ」
「楽しみね。元気に退院できるように頑張らないとね」
窓の外を見る川上さんの目は、とても力強いものだった。
花見の当日は春の麗らかな陽気が気持ち良い晴天に恵まれた。その日が川上さんの退院日でもあったことを知ったホームのみんなは、満開の桜の下で川上さんを迎えようと約束をした。
こんなに素敵な日にみんなで花見をすると考えただけで、私の気分は高揚していた。私は少し勇気を振り絞り、若い頃、亡き夫に買ってもらったピンクのワンピースをクローゼットから取り出した。
懐かしい思い出を頭に巡らせながら袖を通し、思い切って鏡の前に立った。
湾曲した背、黒と白が入り混じった頭髪、顔や手に深く刻まれた皺-
それは、これまで私が生きてきた証。何も恥じることなどない。
私は鏡に映る自分と目を合わせた。その目には、前を向いて生きてゆく力が漲っていた。
「なにニヤニヤしてるのよユキちゃん、行くよ!」
「こら、覗き見しないでよ!」
サヨちゃんが私の手を引っ張る。
私はその手をしっかりと握り返した。そして、私たちはみんなが待つ桜の木の下へと向かった。
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