アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた11月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。
ザザッザー…埃が舞い上がるのも構わず、真山実香子は勢いよくカーテンを開けた。
「ちょっと、そんな勢いよく開けたら埃が舞うじゃん」
娘の実樹は苛立ちながら文句を言うと鬱陶しそうに埃を手で払った。
「すぐに換気するから、ほらほら」
ガラガラと雨戸を戸袋へ送りながら実香子は実樹を宥めた。
「はぁ…よかった。長いこと雨戸を開けないでいたからさ、鳥が巣作っちゃうかと思って…よかったよかった…」
ぶつぶつ言いながら網戸にする実香子を横目に、実樹はリビングの入口に重ねてあった段ボールを組み立てはじめた。
祖母 君枝の認知症が悪化し、施設に入ってから5ヵ月。家族全員が仕事を理由に避けてきたが、実香子と伯父は話し合い、ついに祖母の家は取り壊されることになった。そこで、秋の連休だった実樹が片付けに駆り出されたのだった。食器も服も家具も全て祖母が暮らしていた時のままだ。10年以上前に亡くなった祖父のものもまだ置いてある。仕事の関係でしばらく地元を離れていたこともあり、実樹にとっては久しぶりの祖母の家だった。歩くたびにギシギシと鳴る床、ぼろぼろになった壁紙。週に一度母が郵便受けにたまった手紙を回収しにきたり、時々伯父が荷物を取りにきたりはするものの、この家で生活する人は今はもういない。祖母の家の変わり果てた姿に実樹は驚いていた。祖母がこの家を出ていってから一気に朽ちていったのか、それとも実樹が来ない間に徐々に朽ちていったのかは実樹には分からなかったが、この家のくたびれ具合が母や伯父に取り壊しを決意させたのだとしたら、納得できるような気がした。
実樹は打ち合わせ通り、祖父の本を黙々と段ボール箱に詰めていた。分厚く重い本ばかりだ。漱石全集にうっすらと積もった埃をティッシュでさっと拭きながら、こんなに日焼けしていなければ、それなりの値段がつくかもしれないのにな…とあれこれ考えながら作業を進めた。
「ちょっと、ティッシュもったいないからこれ使って」
家中の窓を開けて回っていた実香子がいつの間にか後ろに立っており、実樹にハンディモップを差し出していた。実樹が無言でモップを受け取ると実香子は
「おじいちゃんのが終わったら、食器類をお願いね」
と言い、実樹が使ったティッシュのごみを回収していった。
手伝いに来てあげているのにいちいちうるさいな、と実樹は思ったが実樹が使ったのはアレルギー性鼻炎の実香子が鼻水が止まらなくなった時のために持ってきたボックスティッシュだった。怒るのも無理はないと思い、おとなしくモップを使った。全集を段ボール箱の奥に詰め、軽い文庫本を重ねていく。あまり入れすぎると重すぎて運べなくなるので半分くらいまで詰めたところで新しい箱を手際よく組み立て、また本を入れた。実樹は社会人8年目になる。何度も転勤しその度に引っ越しをしてきたため、荷造りはお手のものだった。全ての本を詰めおえると、持ってきた油性ペンを使い段ボール箱の上と側面に「おじいちゃん 本」と太い字で書き込んだ。
実樹はパンパンッと手の埃を払いながら茶の間へ移った。正月になると家族全員が集合しにぎやかに食事をした茶の間だ。家族一人一人の座るところがなんとなく決まっており、実樹は祖母のすぐ横だった。テレビを真正面から見ることができる特等席だった。小学生の頃は土日のどちらかは遊びにきて、大相撲中継を見る祖母の横で絵を描いたり宿題をやったりしていた。当時は気付かなかったが居間よりも奥まっているため日が届きにくく、薄暗い。少し肌寒いくらいだった。思い出のつまった場所であるのは間違いないが、あまり長居したくないと実樹は備え付けの食器棚から次々と皿や湯呑を取り出した。用意された古布や新聞紙で食器を包む実樹の前を、椅子やサイドテーブルをせっせと外に運び出す実香子が何度も行ったり来たりした。実樹は魚偏の漢字が沢山書かれた湯呑を持っていた。亡くなった祖父が永く愛用していたものだ。何十年も使っているのにしっかり文字が読めるのはすごいな、旅行先の土産物屋で見かけるけれど、元々どこの誰が作った湯呑なんだろう…と考えながら新聞紙でくるんだ。