地方から日本を元気にするために政府が地方の活性化を後押しする地方創生推進交付金。地方自治体が主軸となって行う事業の活動資金を補助しています。2019年から新しく補助金を受けて始動したプロジェクトの1つに、愛媛県大洲市を対象にした「町家・古民家などの歴史的資源を活用した観光産業の確立推進事業」があります。これは、お城のある町に今も息づく古い町並みを活用して地域を元気にしようとする事業です。今回は、プロジェクトを進める事業者の1つである一般社団法人キタ・マネジメントで事業課長を務める井上陽祐さんに、大洲市の取り組みについてお話を伺いました。
古民家の空き家問題解決がプロジェクトの発端に
日本全国にお城がある町はたくさんありますが、歴史の名残が町並みや古民家などの建物として残っているところはそう多くはありません。愛媛県大洲市は、鎌倉時代に築かれたお城を中心に、江戸時代初期に城下町としての町割が整備され、碁盤の目状に武家屋敷や商家などが秩序立った町並みを作ったエリア。明治大正にかけては和蝋燭(ろうそく)やシルクなどの産業で栄え、商業が発達するなか煉瓦造りの建物やモダンな古民家が建てられました。今も残るレトロモダンな町並みには日本の歴史の歩みが映し出されているのです。
ところが、以前の大洲市は、戦災すら免れたにもかかわらず、近代化に伴ってこうした町並みが失われつつありました。また、多くの地方都市と同様高齢化による人口減少に悩んでいたのに加え、2018年に起きた西日本豪雨による災害によって、人口減少に拍車がかかったのです。町並みの魅力は町の人にとっても自慢であり、観光客からの評価が高いこともわかっていたのですが、それでも人が減れば守りきれるものではありません。現在残る170棟ほどの古民家のうち1/5が空き家となり、社会の課題としての深刻さを増していったのです。
今回、井上さんたちが先頭に立って進めているプロジェクトも発端は、空き家問題の解決にあったそうです。また、失われつつあった町並みを保全し、将来にわたってしっかりと維持していくことも目的としています。
町並みを守ることで、やりがいある仕事も新たに創出
町並みを保全しようという動きは、約50年以上遡った昔からありました。例えば、昭和41年にNHKで放送された朝の連続テレビ小説「おはなはん」のロケが行われたことから呼び名がついた「おはなはん通り」は、江戸時代の町割と家並みなどが忠実に残された通りで今も観光の名所。また、おおず赤煉瓦館などのモダンな建物も人気です。こうした通りや建物が寂れることなく残っていることこそ、その証といえます。
プロジェクトの立ち上げは、この動きの強化と加速化です。ちょうど、空き家を活用する実績が豊富な事業者との出会いもあり、地方創生推進の補助金も活用しながら古民家を利用し、町並みを保全していくことになったそうです。手元にある資源を見直し、守ることで価値を高め、それを観光に活用していく。課題のつながりを前向きに捉えることで解決の循環を見出し、プロジェクトとしたのです。
プロジェクトが具体的に動き出したのは、2017年から。まだまだ計画段階のものも多いのですが、井上さんによると、「古民家を利用してゲストハウスを始めたり、ドライフラワーを販売するお店を開業したりする人が出てきました」とのこと。西日本豪雨の影響で移住せざるをえなかった人たちも、新たな仕事があれば戻ってくることができるかもしれません。観光スポットとして注目されることで、新しい「仕事」も生まれてきているのです。
2020年4月には古民家に滞在する分散型ホテルが誕生予定
このプロジェクトの大きな柱の1つで、2020年4月に開業を控えている古民家を利用した高級ホテルがあります。
観光地としての大洲市のこれまでは、愛媛県の観光の中心である松山や道後温泉といった有名スポットに滞在して、日帰りで訪れる場所という位置付けだったそう。これでは、観光地としての町のメリットはあまり多くはありませんし、せっかくある古民家などの資源も宝の持ち腐れとなってしまっていました。
こうした現状を打破しようと井上さんたちが考えたのが町に建つ古民家をホテルの客室に改修した、分散型の宿泊スタイルを提供するホテルです。フロントで鍵を受け取ったら自分たちが滞在する古民家へ歩いていくという、これまでのホテルの概念を覆した宿泊ができます。また、古民家のモダンで高級感にあふれた建物としての魅力を最大限に活かすこともできます。
プロジェクトを進めるうえで井上さんたちが重視しているのは、やはり住む人たちのメリットです。曰く、「フロントで鍵をもらって歩いてご自分が滞在される古民家までいくので、お客様に町を回っていただくようになる。それに伴って食事をしたり、お茶を飲んだり、お土産を買ったりといったお店ができますから」。宿泊施設が誕生することで、宿泊施設にまつわる仕事はもちろん、観光を取り巻く仕事が生まれています。
実際、井上さんは、「もともと大洲市は、臥龍山荘や大洲城、鵜飼いなど非常にいいものは持っていたんですが、なかなか知名度が上がりませんでした。松山などに近いこともあって、泊まってもらうことも少なかったんですけど、今回ホテルができることで1泊2日は滞在してもらえるようになります。高級感もあって普通のホテルとは違った滞在ができるようにしています。こうした状況を発信することで、大洲を取り上げてくれるメディアも増えましたし、旅行会社に案内しても非常に興味を持ってもらえるようになりました」と、手応えを感じています。
懐かしいけれど、新しい、レトロモダンな町の住人となって、息づく歴史を感じながら暮らしてみるのもよいかもしれません。
執筆者:小西 尚美
紙・webなど、媒体は問いません。インタビュー記事や企業サイトのコピーライティングを中心に手がけています。人となりを伝えるインタビュー記事が得意。対象は、アスリートが多いですが、市井の人が持つドラマを掘り起こすことも好き。一時体調を崩したことがあるため、若干健康オタク気味。暮らしのあれこれの取材は大好き。趣味はサッカー観戦。