ここで、ばあちゃんと四つ葉のクローバーを探したっけ―
私はしゃがみこみ、足元に広がる無数のクローバーをじっと見つめた。
「四つ葉のクローバー……無いかな……」
私は必死になって四つ葉のクローバーを探した。
「結衣、見つけたわよ、四つ葉のクローバー! ほら!」
確かに聞こえた気がした。そう、それは間違いなくばあちゃんの声だった。
「あった!」
私はそれを右手でそっと優しく摘み取ると、両手で包み込むようにして目を瞑った。
「お願い、ばあちゃんを助けて! お願い」
眠ってなんていられない。私は来た道を戻るとバスに乗り、再び病院へと向かった。
「結衣、どうしたのよ」
私の姿を見た母さんが目を丸くした。
「だって……」
「けど、良かった。ばあちゃん、意識が戻ったのよ」
母さんの目には涙が溢れ、今にも零れそうだった。
私はばあちゃんのもとへ歩み寄り、そっと声をかけた。
「大丈夫、ばあちゃん……」
すると、ばあちゃんはゆっくりと目を開け、しっかりとした眼差しで私を見つめた。
「結衣……久しぶりね」
それは、とても優しい笑顔だった。
「驚異的ですね」と主治医が目を丸くするのも当然だった。
リハビリの甲斐もあり、ばあちゃんは奇跡的な回復を見せた。麻痺もほとんど無く、これまでと変わらぬ生活を送れるまでになったのだ。
秋が深まると、沙矢子さんのカフェからの景色はさらに美しくなる。青い海の景色に赤や黄に色づいた山の木々が彩りを添えるのだ。
「いつも結衣がお世話になっております」と沙矢子さんに向かって、ばあちゃんは深くお辞儀をした。
「こちらこそ、いつも助かってるんですよ」と沙矢子さんもお辞儀を返す。沙矢子さんのこういう礼儀正しくて、腰が低いところが好きだ。
「よくいらっしゃいました。さぁ、よろしければ窓際のお席へ」
ばあちゃんはゆっくりと、しっかりとした足取りで窓際の席へと向かうと、視界に飛び込んだ景色に「あらぁぁ、本当に綺麗」と感嘆の声をあげて丸くなった背中を後ろに仰け反らせた。
私はこの景色を見ながら、ばあちゃんとコーヒーを飲みたかったのだ。
「いやぁ、素敵ねぇ、海を見るなんていつぶりかしら」
「良いところでしょ? 私の一番のお気に入り」
「あの時、死ななくて良かったわ」と、ばあちゃんが笑う。
「ひょっとして、これのおかげかもよ」
私はポケットからキーホルダーを取り出した。四つ葉のクローバーを薄いピンクの和紙の上に乗せ、ラミネートしてキーホルダーを作ったのだ。
「あら、可愛らしいね」
「でしょ、これ、プレゼントするからまだまだ長生きしてね!」
「ありがと。もちろんよ。まだまだやりたいことがたくさんあるからね」
ばあちゃんは海を眺めた。
「はい、お待たせしました」
沙矢子さんの手から白いカップがテーブルに置かれる。
「うわぁ、素敵ねぇぇ」
「結衣ちゃんのキーホルダーには負けますけど」
沙矢子さん得意のラテアート。そこには大きな四つ葉のクローバーが描かれていた。
「結衣、ありがとうね。次は彼氏さんを紹介してちょうだいね」
「もちろんよ、とっても素敵な彼氏をね!」
「良いわねぇ、素敵な彼氏」
ばあちゃんと私は顔を見合わせて笑った。
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