【ARUHIアワード10月期優秀作品】『特上に渋い柿』黒藪千代

アジア最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル & アジア (SSFF & ASIA)が展開している、短編小説公募プロジェクト「BOOK SHORTS (ブックショート)」とARUHIがコラボレーションし、3つのテーマで短編小説を募集する「ARUHIアワード」。応募いただいた作品の中から選ばれた10月期の優秀作品をそれぞれ全文公開します。

「干し柿はどないして作るか知っとるか?」
コテコテの関西訛りで祖母は言う。
1月の縁側は寒く、それでも今夜は東の空に満月が見えるからと、祖母はカーテンを開け放ちオレを縁側へ促した。
築五十年は過ぎているこの古い家の縁側で、夜空を見上げ月を愛でる。祖母のお気に入りの場所だ。
仏壇のリンを鳴らして耕太が来たと祖父に告げる。
動き回る祖母を目で追いながら、オレは母への不満を口にした。
「おかしいよな!ばあちゃん!」
祖母はオレの話がまるで耳に入っていないかのように、仏壇の前から立ち上がって、今度は縁側の隅から踏み台を持ち出した。
祖母の目線の先には、縁側の軒に吊るしてある干し柿が、いい感じに皺くちゃになってぶら下がっている。下ろしたいのだと察する。

祖母は二十歳の時に、祖父の住む関東に嫁いで来たと聞いていた。六十年近くも関東で暮らしているのに、未だコテコテの関西弁が抜けない。
抜けないのではなくて、抜かないのだとオレは思っている。
祖母がまだ六十歳くらいの時だった。小学一年になったばかりのオレの頭の中に突如として浮かび上がった疑問を口にした。
「ばあちゃんは、何でみんなと同じ言葉でしゃべらないの?」
標準語ってお母さんは言ってたよと、母の事を口にするのをほんの少し躊躇ってから言い添えた。
「標準って、」
そう言って祖母は、僅かに顔をしかめて口をつぐんだ。
やっぱり、まずかったな。と母の事を引き合いにした事を悔やんだ。
母と祖母は、嫁姑ではなく本当の母娘だ。なのに、全く違う考えを持っている。だから、祖母の前で母の事を口にすることも、母の前で祖母の事を口にすることも、ほんの少し躊躇って言葉を選ぶ。

「標準って、何や?誰が決めたんや?私の言葉は、これが標準やで」
アホな子やな、あんたのお母さんは。と半笑いした。
いつも、どんな事も基準は自分にあると言う祖母らしい言い方だと思った。
周りに流されず我が道を行く祖母を見ていると何故か楽しくなる。苦い思いも、悔しい思いも笑い飛ばしてくれる祖母を尊敬もしている。
でも、母は違う。
みんなと同じように、常識で考えて、普通そうでしょ。そんな事をいつも口にする。人から笑われるような事をしてはいけない。基準は自分ではなく世間だと。
母は正しい、何の根拠もないが、生まれたときからずっとオレを育ててくれた人だから、だから正しいと思いたかった。
でも、何故か腹が立ってくる。何でダメなんだ、どうしてそうしちゃいけないんだと葛藤する。その度にオレは祖母の元へ走った。
三十歳を目前にした、こんな大人になった今でもやっぱり。

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