「斉藤さん、斉藤さん、大丈夫?」
その声で目を覚ますと、ルルさんが俺を上から覗き込んでいた。
「良かった」
「ルルさん」
「ここ病院です。斉藤さん、生きてて良かった」
どうやら俺はそのまま病院に担ぎ込まれたようだ。
「そっか」
水のペットボトルがあるのを見て、急に喉が渇いた。それを取ろうと手を伸ばして気が付いた。俺の右手は指先までギプスで固められている。
「これ……」
言葉が出ない俺にルルさんがペットボトルにストローを差し込んで口元に運んでくれた。喉が潤ったはずなのに余計に渇いた気がした。
「斉藤さんの手の骨、全部折れた」
ギタリストとしての死亡宣告をルルさんは天気予報を告げるのように言った。俺の仲間でも骨折をした奴は腐る程いる。無論、復帰した奴も大勢いるが、そいつらは軽症で済んだ奴らだ。全部の骨が折れるほどの重症を負って復活した奴なんて聞いたことがない。俺もそこに仲間入りだ。
ルルさんが素直に言ってくれたおかげで、少しはマシだったが、ここに誰もいなくて、自分一人だけでそれを知ったら叫んでいたかもしれない。
「そっか。ルルさん、ありがとう」
「斉藤さん、一週間くらいで病院出る。それからどうする?」
「さあ。どうしよう」
「『どうしよう』良くないよ。斉藤さんのことだよ」
「分かってる」
「分かってないよ」
ルルさんが親身になってくれるほど、俺は自分が情けなくなるし、絶望しか感じない。俺からギターを奪ったら何が残るのだろうか。車を売って当座のタシにしようって言ったって、車だってぶっ壊れているだろう。
「ルルさんには関係ないだろ」
「何だよ。ヒドいよ。私は心配しているんですよ」
「どうすれば良いってんだよ。もうギターは弾けないんだ」
「他のことすれば良いんだよ」
「他になんてないよ」
「私、外国人だけど、ここで暮らせてるよ」
「俺は他に何もできないんだよ」
ルルさんはピースをして、俺の前に突き出した。
「生きるは一本道じゃないよ」
ギタリストの俺は死んだ。
畑に突っ込んで終わるなんて、どうにも俺らしいと思う。
今は旅館の内装係の俺として生きている。
フロントや客室係をやれる程の愛想を持ち合わせていないが、すれ違いざまに挨拶を出来るくらいは元々の商売柄何の苦もなく出来る。
ギターを竹箒に持ち替えて、今日も玄関を掃いて、柄杓を使って水まで撒いた。
一日働いてクタクタになって帰るアパートには明かりが灯っている。
そして、妻が作った玉こんにゃくで一杯をやるのが俺の幸せだ。
どうだ? 流れ流れて辿り着いた新しい日々だって悪くないだろ?
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