俺たちは宴会場の舞台に上がった。
どこかの会社の社員旅行らしく、浴衣姿のおじさんたちが四十名ほどすでにいい感じに出来上がっていた。
まあ、こんなものだ。
ルルさんも酔っ払いの相手をすることは慣れているのか、度胸があるせいか緊張した様子もない。
舞台で簡単な挨拶をするが、誰一人聞いていない。これもいつものことだ。俺とルルさんは目を合わせ、『喝采』を始めた。
おじさん達のざわめきは潮が引くように静まり、とうとう最後まで聞き惚れていた。
そして、大きな拍手が起こり、俺たちは数曲をやり遂げた。そして、一番偉そうなおじさんが舞台に上がって来た。
「いや、素晴らしかった。まさかここでこんなに素晴らしい歌と演奏を聞かせてもらえるとは思っていなかったよ」
ルルさんが頭を下げたので、俺も頭を下げるとおじさんは財布から万札を二枚取り出し、一枚を俺の手に握らせようと掴んだ。手は俺の大切な商売道具の一つだから、気安く触られたくなかったが、目の前の人参には弱く、素直に手を掴まれたままにして、万札を頂いた。そして、おじさんはもう一枚の札をルルさんの胸元に突っ込んだ。
俺は思わず立ち上がろうとしたが、ルルさんは『もうっ』と言って上手くいなしていた。
俺たちは宴会場を去り、控え室に戻った。
「お疲れさま。いや良かったね。最後はアレだったけど」
ルルさんは胸元から一万円札を引き抜いた。
「大丈夫です。一万円もらえました。嬉しいです」
「そうだね」
ギャラだけでは俺も食っていけない。このおひねりが生活を支えてくれている。
俺も財布に一万円札をしまうと支配人が満足そうな様子でやって来た。
「いや、斉藤さん、ルルさん。ありがとうございました。お客様も大満足されています」
「そうですか、良かったです。ルルさんのおかげです」
「違います。斉藤さんのギターが良かったから」
俺たちは気が合うのかもしれない。
「それで、斉藤さんにご相談があるのですが」
支配人がぐっと俺の前に近付いた。
「何でしょうか?」
「しばらく、こちらに滞在されませんか? もちろん宿泊場所はご提供しますし、食事も」
俺は迷った。温かいご飯があって、布団で眠れる上に、きちんとギャラが支払われるなんて僥倖だと思う。
「ちょっと考えさせて下さい」
思いとは裏腹に俺はそう返して、ギターをケースにしまった。
「分かりました。また明日のステージもよろしくお願いします。お部屋にご案内します」
「いえ、今日は車で考えようと思います。世話になりっぱなしですと情が湧いてしまいますので。また明日。ルルさんも出演ですかね?」
「はい。お二人でお願いします」
俺は旅館を辞去するとルルさんも一緒に俺の車までやって来た。
「斉藤さん、夜ご飯はどうしますか?」
「そこらで適当に済ましますよ」
「うち来ますか? 玉こんにゃくあります。あ、変な意味しないです。でも、今日上手に出来たお礼がしたいです」
「いえ、気持ちだけで」
「大丈夫です」
ルルさんは勝手に助手席に乗った。これが文化の差だろうか。