【ARUHIアワード10月期優秀作品】『はじまりの秋』間詰ちひろ

 その時、ピンポーンと、インターフォンの音が鳴った。
「あれ? 誰か来る予定だったの?」すみれがそう言うと、菊枝おばあちゃんはニコッと笑って、「ちょっとね、顔だけでも出しなさいって言っといたんだよ。すみれちゃんだって、うちにしょっちゅう来るわけだから」
 そう言って、おばあちゃんは「よいしょ」と腰を上げて、玄関へと足早に向かった。玄関先では「お花、まだきれいですね」などと話し声が聞こえたあとに、「こんにちは、初めまして」と、すみれの後ろから声が聞こえた。すみれがくるりと振り返り、その声の主を見たとたん、ドキンと胸が飛び上がった。
「初めまして、じゃなかった、ですね?」そう言った優しい笑顔の男の人は、ついさっきガーベラの花をプレゼントしてくれた人だった。
「こちらでお世話になります、稲垣弘樹です。よろしくお願いします」
すみれに向かって、礼儀正しく頭を下げながらも、ほんの少し照れたように笑っていた。すみれも、なんだかどぎまぎしてしまって、「露木すみれです。よろしくお願いします」と、小さな声で挨拶し、ぺこっと頭を下げた。
「弘樹君に、うちのかわいい孫娘を紹介しとかなきゃ。うちの合鍵持ってるから、私がいなくても部屋に入ることだってあるだろうし」お茶を運びながら、菊枝は二人の顔を交互に見まわして、ふふっと笑った。
「なんだか、ふたりは仲良くなりそうだね」
 すみれは照れながら「そうかなあ」とごまかした。弘樹もやりとりを見て笑っていた。けれど、ふたりの胸の中には、小さな芽がほんの少し頭をのぞかせようともしていた。

「仕事の途中なので、また改めてご挨拶にうかがいます。少し荷物を運んだり、ご迷惑をかけることもあるので」弘樹は慌ただしくそう言うと、またていねいにお辞儀をしてその場を去っていった。
「なんだか、これから楽しみね」菊枝はすみれの顔をちらっとのぞき込んだ。
「そうだね」すみれもそういって、笑いながらうなずいた。

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