「へえ~。そういう事言っちゃっていいんだ。・・・・・・そもそもあれを買ってきたの誰だっけ?」
百花は、うっと言葉に詰まる。当然美花だろう。
「もう買ってくるのやめよっかなあ~」
「お母さんずるい!大人げない!」
もはや当初の話題から完全に逸れている。このままだと百花が少しかわいそうなのと、話を元に戻す意味も込めて、私も参戦する事にした。もちろん、千花の絵が誰に向けられているか、についてだ。
「お父さんの事じゃないかな」
二人は一斉に私の方を見た。
「ほら、二人はさ、もう誕生日終わっちゃったでしょ?そう考えるとお父さんはまだ少し先とは言え、まだこれからだから。終わった誕生日をもう一回お祝いしているというよりは、少し早めにこれからの誕生日をお祝いしている可能性の方が高いのかなって・・・・・・」
気が付くと、美花と百花は無表情で私を見つめていた。冷たい視線とかではない。何の感情も宿していない完全な無表情だ。
「・・・・・・あれ?」
何かおかしな事を言っただろうか。私は動揺した。少しして、美花が無表情のままフンッと鼻を一つ鳴らした。
「いや。ありえないでしょ」
「ありえない」
百花も続く。
「え、なんでよ。お父さんだって一応頑張ってるつもりなんだけどな・・・・・・。仕事とか」
自分で言っておきながら私は情けなくなってしまった。こんな事、父親が自らの口から言うべきではない。けれど私は思わずそれを口走ってしまうほど、二人の反応にショックを受けていた。
「うわ。出たよ」
「出た出た」
美花と千花が顔を見合わせ、うんざりした様子で言った。
「それ言えば勝てると思ってる」
「感じ悪いね」
「ね」
「べ、別にそういうわけじゃ・・・・・・」
私は反論を試みたが、「大体さ、」とすぐさま美花にさえぎられた。
「あなた最近全然千花ちゃんと遊んであげてないじゃない」
「そうそう」と百花も続く。
「千花ちゃんが、『一緒にねんどしようよ』って言っても『ちょっと待ってね』、『公園行こうよ』って言っても、『ちょっと待ってね』ばっかりでさ」
「そう、それ!」
百花の言葉に、美花が激しく同意した。
「で、結局遊んであげないんだよね。だから、その分まで全部私たちが相手する事になるの」
「そうそう!」
「そもそもさ、お父さんって千花ちゃんの事に限らず、全てにおいてそうなんだよね。町内会とか、百花と千花の学校の大事なお知らせとか、『一応読んでおいてね』って渡しても、『うん、後で読んでおく』って言ったきり、テーブルに置きっぱなし。せっかくキッチンが広くなったんだから食洗器が欲しいって言った時も、『そうだねえ』とかお茶を濁したっきり、そのまんま」
美花の攻撃は、普段から私に抱いている不満にまで及び始めた。
「待て待て。確かにそれは悪かったけど、今話しているのは・・・・・・」
私は話を元に戻そうとしたが、美花の勢いは止まらない。
「洗濯物だって、何回言っても白いカゴに入れないで、脱衣所に脱ぎっぱなしにするし、『休日くらい朝ごはんをみんなで食べよう』って自分から言いだしたくせに、今日だって起きてきたのは断トツでビリっけつだし、それから・・・・・・」
「うるさーい!」
と、叫んだのは千花だった。
「絵にしゅうちゅうできない!みんな、あっち行って!」
「・・・・・・ごめんなさい」
全員がピタリと話すのを止め、千花に謝った。彼女の言葉に従って百花は再びテレビ前のソファーへ戻り、美花は二階へと上がって行った。朝食中だった私は立ち去るわけにも行かず、肩をすぼめて食べかけのベーコンレタスサンドを口に運んだ。