プッ。綾子の表情が、不意に緩む。クククッ。アハハハ!口を抑えて笑いを堪えるが、こらえきれず爆笑し始めた。
「えっ、えっ」
啓太は何が起こったのか理解できずにいる。
「ごめんごめん。面白くてついからかいすぎてしもた」
「何?どゆこと?」
綾子は笑いすぎて目じりに溜まった涙を拭きながら答えた。
「もう、バレバレよ。この部屋、ケイくんのじゃなかやろ?隠さんでよか」
ドキッ、として心臓が一瞬止まったが、綾子がもう怒っていないのを確認すると、白状することにした。
「……ダチん部屋ばい」
「やっぱし、カマかけたときの反応で確信した。なんで嘘ついたと?」
啓太が恥ずかしそうに、うつむき、肩をすぼめて 言う。
「俺ん部屋汚いけん……」
「そんな理由? かー、しょーもなかぁ。うちはケイくんの部屋みたいゆーたのに。ほんまはどこよ」
「ここの真上」
「あそ。行こ」
そう言うと綾子は手に持っていた髪の毛をテーブルの上に置いた。一本の長い髪の毛だと思っていたが、実際彼女は自分の髪の毛を二本、ちょうどつなぎ目をつまんで持っていただけだった。
「ああっ、なんだ、 二本の髪の毛つなげてただけか」
「こんな手に引っかかるなんて、ケイくんまだまだばい」
綾子は部屋を出ると階段を登り、真上の301号室に向かった。啓太も201号室に鍵をかけ、後を追いかける。
「開けて、よかと?」
啓太は返事の代わりに、気まずそうに引きつった顔のまま鍵を開けた。綾子がゆっくりとドアを引いて開け、中に入る。
「あーあー、もうこんなに汚したと?こりゃあ嘘つきたくなるのもわかるばい」
「面目ない」
「せっかく築浅の広くてきれいな部屋なのに、もったいなか。ほら、片付けるで 」
そう言うと綾子は、部屋に落ちている、途中で隠蔽工作を断念した際のゴミ袋を掴んで覗き込み、啓太に差し出す。
「分別もめちゃめちゃったい。燃えるのと燃えないのくらい分別せんね」
啓太は一歳年下の彼女からの大正論に何も言えず、しょんぼり肩を落としながら、袋から缶などの資源ごみを取り出し、中身を燃えるゴミだけにしていく。綾子はもう一枚ゴミ袋を見つけ出して広げ、啓太が袋から出したゴミと部屋の資源ゴミを入れていく。
「すまんな」
「何がよ」
「せっかくのデート、綾子に片付け手伝わせてしもうて」
「うちがおせっかいでやってるだけやからよか」
笑って嫌な顔ひとつせず、目の前の空き缶を一つずつ処理していく。中身がまだ入っているものはまとめて台所に持っていった。水で濯ぎながら言う。
「その代わり、きれいにしたらうちの誕生日まできれいなままにしときんしゃい」
「一個聞いてよか?」
「なんね」
「なんで、下が俺ん部屋じゃないってわかったと?」
彼女は水を止め啓太に向き直り、フッ、と笑って言った。
「だってあの部屋、こち亀どこにもなかばい」
二人はひとしきり笑い、また手元のゴミに視線を戻した。
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(最終更新日:2019.12.23)