「あっ、あぁ」
どうやら俺のことは覚えてないようだ。
こうして、お袋との生活が始まった。
良くも悪くもお袋の認知症の状態は兄から聞いたものより進行している。急な同居もすんなりと受け入れ、俺との間には何のわだかまりも感じていない。「あの時はごめん」などと謝られると逆に気まずいので、俺にとっては幸いなことだった。
俺のことを『息子』とは思っているようだが、浜井家の次男という認識はなさそうだ。一つ屋根の下で一緒に暮らす『息子』である。
お袋は実年齢と精神年齢の相違が大きい。
例えば「靖君、お風呂に入ろうか?」というお袋の言葉に「なに気持ち悪いこと言ってんだよ」と返した。すると「母さんにそんな口の利き方!」と真剣に怒るので、これは間違った返答だと対応を改めた。
お袋にとって、俺は小学校低学年の子どものようだ。毎朝、顔を合わす時に交わすお決まりの会話がそれを物語っている。
「靖君おはよう。今日、学校は」
「今日は休みだから家にいる」
「あら、そう。じゃあ、お買い物に付き合ってもらおうかな」
こうして近所のスーパーへ出掛けるのが毎朝の日課となった。
体が覚えた記憶は忘れ難いようで、料理はお袋が作る。味も悪くない。数十年振りにお袋の味を堪能するとは夢にも思っていなかった。
「靖君、ちょっと出掛けてくるね」
同居生活が始まって一か月ほど経ったある日、朝食を終えたお袋が身支度を始めた。
「出掛けるって、どこに」
「近くよ。すぐに帰るよ」
「分かった……気をつけてな」
どこへ向かうのか気になった俺は、止めることなくその後を付けてみることにした。
お袋はお気に入りのピンクの帽子を被ると、シルバーカーを押して出発した。近所の人とすれ違う度に立ち止まっては挨拶を交わし、道端に咲く花を見ては「綺麗ねぇ」などと足を止めるので、なかなか先へ進まない。一緒に外出する時はいつも急かしてしまうが、本当はゆっくりと散歩を楽しみたいのだろう。
そうして、漸く辿り着いたのは墓地だった。なるほど、道端で花を摘んだのはこのためか。砂利が敷き詰められた通路はシルバーカーの車輪がスムーズに回らず歩き難そうである。桶の水がからっぽになるのではないかと思うほど、シルバーカーを激しく揺らしながら墓前まで辿り着いた。
親父の墓だ-
お袋は丁寧に周囲の落ち葉を拾い、雑草を摘み取っている。それが終わると花立に花を挿し、墓石を見上げて手を合わせた。
親父の死後、俺は墓を参ったことはない。複雑な感情が俺の中でこみ上げる。
お袋が帰ろうとする頃、偶然を装って墓地の外で声を掛けた。
「俺も散歩してたんだ」
お袋は「あら、靖君」と顔を上げて笑みを浮かべた。
「一緒に帰って、朝ご飯の準備しましょうね」
「さっき食べたよ」
「あら、そうだったかね」
お袋が左膝を庇っていることに気付く。元々、変形性膝関節症による痛みがあるのだ。
「足、大丈夫か」
「さっきから少し痛くてね。歩きすぎかしらね」
俺はお袋の前にしゃがみ、背中を差し出した。
「家までおぶるよ」
「あらー、いいの。重いよ」
「いいから、早く」
「ありがとう、嬉しいね」
お袋はゆっくりと身を預けた。改めて背中に感じるお袋は、とても小さくて軽かった。
「靖君、朝ご飯は何がいい」
耳元で囁くお袋に俺は少し呆れて笑った。
「そうだな、味噌汁と納豆と玉子焼きをお願いしようかな」
「じゃあ、帰ったら急いで作りますね」
「わかった、頼むな」
子どもの頃に昆虫採集をした雑木林は今も変わらず鬱蒼と木々が生い茂っている。幼き頃、この道をお袋におぶられて散歩した記憶が蘇った。
木々の葉は赤や橙色に色づき始めている。サワサワと風が葉を揺らした。吹き抜ける風は少し冷たく感じられた。