いまや、共働きも家事・育児シェアも当たり前。家族の時間も個々の時間も大切にする。ここ数年、ワークライフバランスに対する考え方は激変してきています。働き方改革で仕事の効率化が求められるだけでなく、暮らし方にもゆとりを求める人が増えているようです。また、30歳前後で子どもを授かったとして、子育てが終わってからの人生は40年もあります。そんな、人生100年時代における“ちょっと先の未来の豊かな暮らし”について、今年30周年を迎えた旭化成ホームズ 共働き家族研究所の山田恭司所長に、解説していただきました。
結婚・妊娠・出産を経ても仕事を続けるのは当たり前
注文住宅のヘーベルハウスで知られている旭化成ホームズが、暮らし方研究を始めたのは39年前。1980年に二世帯住宅研究所を立ち上げたのを皮切りに、1989年には共働き家族研究所、2014年にはシニアライフ研究所を設立。その3つの研究所で構成されているのが、「くらしノベーション研究所」です。山田所長によると、ここ30年で、女性の働き方モデルは大きく変化したといいます。
「過去30年間の社会変化をみると、1990年代を境に専業主婦世帯と共働き世帯の数が逆転し、いまや共働きが当たり前の時代となりました。女性労働率のM字曲線といわれるデータをみても、子どもを産んで育てる時期に働いている女性が増えてきているのが分かります。
1990年代は、結婚後退職する、あるいは第一子出産を機に退職し子どもの手が離れる30代半ばに再就職するというケースがほとんどでした。それが2007年以降、産休・育休を経て仕事を継続するのが一般的になってきています」(山田所長)
2007年は2度目の男女雇用機会均等法の改正が行われ、募集・採用の際の間接差別の禁止、妊娠・出産を起因とする解雇禁止が盛り込まれました。その結果、結婚・妊娠・出産を経ても働き続ける女性が圧倒的多数になったのです。
「生活にゆとりを持たせたい」と考える人が20ポイントも急増
「共働きで働く理由にも変化が表れています。働く理由として、『社会と関わりが持ちたかった』と回答する人が大幅に減りました。これは働くのが当たり前になったからでしょう。一方で、急増しているのが『生活にゆとりを持たせたい』という回答です。2012年からたった6年で20ポイントも上昇しています。ただし、このゆとりが何を指しているのかは解明できていません。経済的ゆとり、時間的ゆとり、心のゆとりなど、様々な“ゆとり”が考えられますが、それらを何に変換していくのかが、未来の豊かな暮らしに繋がるのではないかと思っています」(山田所長)
家事・育児シェアと夫婦のフラット化
女性の共働き率が上がるにつれて、男性の意識にも変化が表れます。実際にできているかどうかはさておき、家事・育児はシェアするもの、夫婦関係はフラット。そう考える人が増えているのです。
「男性の意識に変化が芽生えた大きなきっかけは、中学・高校の家庭科の共働化です。1994年に男女が一緒に家庭科の授業を受けるようになり、その人たちが適齢期に達するのが2009年前後。その頃から女性の共働き率が急増します。もちろん、現実的には、まだまだ女性と男性の家事時間には大きな差があるのですが、家計も家事・育児も夫婦で支え合う、という共通認識を持つ人が90%を超えるようになりました」(山田所長)
男性の家事・育児シェア意識が高まったことにより、夫婦関係も変化してきているようです。「最近の調査を分析すると、家族の時間も大切だけど自分の時間も大切、という時代に入ってきていることが判ります。二人でいる時間も大切にするけど、個々の交友関係も尊重するという人が80%にも達しているのです。研究所にも子育て世代の女性がいるのですが、『飲み会の予定は早い者勝ち』だそうで、気軽に飲み会に参加しています。夫婦関係はフラットでありたい、という考え方が主流となってきているのです」(山田所長)
テレワークと食材宅配が“ゆとり”を生む
ここ数年、急激に普及しているのが食材の宅配サービスです。ネットスーパーは慣れると便利でやめられなくなります。コンビニエンスストアの品ぞろえも、働く女性や高齢者・単身者をターゲットに進化し続けています。ネットショッピングの普及により買い物時間や献立を考える時間などが短縮され、少しずつ余剰時間が増えてきているのです。
「今後、時間的なゆとりを生む可能性があるのがテレワークの普及です。総務省の「通信利用動向調査」によると、2020年にはテレワー
余剰時間を生み出す、住まいの仕掛け
山田所長によると、共働き世帯について研究を続ける中で、家事をするという視点でみるといままでの住まいは合理的ではなかったといいます。そこで、くらしノベーション研究所が提案する、ゆとりを生み出す住まいの仕掛けについて、教えていただきました。
「家事・育児シェアの意識は高いものの、上手くできない男性を応援するために、ヘーベルハウスでは3つの提案を行っています。マルチアイランドキッチンと、ランドリーサンルーム、そしてデイリークローゼットです。
キッチンカウンターの手元が見えると、子どものお手伝い率がぐんと高まるのをご存じですか? キッチンは、シンクと作業台、コンロが一直線に繋がっているのがこれまでの常識でした。それをあえて切り離しフラットにすることで、一人作業の効率化と、二人・三人でも共働しやすい配置を実現しました。また、子ども目線でも作業を見える化することで、家事を単なる作業時間ではなく家族時間に変換できるのではないか、そう考えたわけです。いま共働きの子育て世代の方を中心に、じわじわとこのキッチンを選ぶ方が増えてきています」(山田所長)
次に、洗面所にある洗濯機から物干し台のあるベランダを往復する時間と労力を削減してくれるのが、ランドリーサンルームです。
「キッチンの横に、ランドリーサンルームがあると、洗う・干す・たたむ、を一か所でできるだけでなく、キッチンに居ながら子どもや夫に指示を出して、ちゃんと作業ができているか確認することも可能です。また、ランドリーサンルームが陽の当たる場所につくれるとは限りませんが、空気が対流していれば洗濯物が乾くことは実験で実証済みです」(山田所長)
デイリークローゼットは、玄関の近くに家族のクローゼットを集約するというアイデアです。
「従来、各個室に収納を設けるのが一般的でした。しかし、玄関付近に各自の収納スペースを集約したクローゼットを設けることで、子どもを幼稚園に送るときに、子ども部屋まで着替えや荷物を取りに行く必要がなくなる。子どもが帰ってきたときに、リビングにカバンを放り出すことがなくなり、散らかりにくくなるといったメリットもあります。大人も、出掛ける直前に着替えられ、帰宅してすぐスーツを脱いでくつろぎ着になってからリビングに行くことも可能です」
ゆとりを自分時間・家族時間に変換する秘策
家事や育児の効率化や家事動線の簡略化で生まれた余剰時間を、特別な時間に変換するたに、ヘーベルハウスが打ち出しているのが、「そらのま+」や「のきのまent」という商品です。これまで横長だったベランダや、軒先のスペースをブロック型にすることで、玄関先やテラスを、庭や第二のリビングにするのです。
「週休二日でも、一日目は平日に取りこぼした家事があったり疲れていて外出する元気はないという方でも、家の中に憩いの場があればくつろいだり家族サービスをすることは可能です。外で食事をするだけで、子どもはピクニック気分になれますからね。親としても、子どもと遊んであげる時間がないという罪悪感を持たずに済みます。また、朝早く起きて一人でゆっくりコーヒータイムを満喫したり、ストレッチをするといった自分時間に活用することもできます」(山田所長)
今後、働き方改革が進むと労働時間は短縮され、同時に暮らし方の効率化を進めれば、予想外の余剰時間が生まれるかもしれません。実際、平日の夕食開始時間が8時より前の割合は、男性で2013年の27.7%から2019年には44.5%に、女性では60%から79.5%に上昇しているそうです。
ただし、家事時間が減った分、育児時間が増えているというデータもあります。仕事や暮らしを効率化して余剰時間ができても、家事や育児の精度を上げることに使ってしまっては逆効果。
これから生まれるであろう“ゆとり”を、上手に自分時間や家族時間に変換していくこと。それこそが、“ちょっと先の豊かな暮らし”なのかもしれません。
【取材協力】
くらしノベーション研究所・共働き家族研究所
所長 山田恭司さん
旭化成ホームズに入社後、長年、住まいのリフォームに携わってきた。2019年4月くらしノベーション研究所・共働き家族研究所の所長に就任。