全国から依頼が殺到する建築士が語る「間取りを考える前にすべきこと」

マイホームを持つことは、最も重要なライフイベントの一つ。とても大きな買い物なので、家族構成や生活スタイルが変わっても住み続けられる、後悔しない家づくりを進めたいものです。注文住宅を購入するとき、誰もがまず思い描くのは間取りをどうするか。でも実は間取りから家づくりをスタートさせるのは失敗のもとだといいます。そう力説するのは、一級建築士であり、京都で住宅設計事務所「(有)宇津崎せつ子・設計室」代表を務める宇津崎せつ子さん。宇津崎さんは”幸せ家族ナビゲーター”として、家事・子育てが楽しくなるような住宅設計をはじめ、間取りアドバイスやリバウンドしない収納法など800件以上の住まいをトータルプロデュースしています。そんな家づくりのプロ・宇津崎さんに、家族みんなが幸せに暮らせる家づくりの進め方や設計のポイントを伺いました。

「どんな間取りにするか」ではなく、「そこで何をしたいか」

宇津崎さんが目指すのは、どこにいても家族の気配が感じられる「住育の家」。家づくりで最も大事にしていることは何でしょうか?

宇津崎さん:
お客様にまずお尋ねするのは「どんな間取りにしますか?」ではなく、「どんな暮らしがしたいですか?」ということです。通常はハウスメーカーや住宅展示場に行くと、まず「部屋はいくつほしいですか」「何LDKがいいですか」などと聞かれますよね。なかには無料で図面を描いてくれるメーカーもあります。でも間取りの図面を見てしまうと、どうしてもそれに縛られてしまいます。あれこれいじっているうちによく分からなくなり、パズル地獄に陥ってしまうのです。
まず考えなくてはならないのは間取りではなく、そこで家族がどんなふうに暮らしたいか。どんなことをしたいのか。自分たちの暮らし方が明確になってから図面を描かないと、せっかく一から家を建てているのに間取りに暮らしを当てはめる本末転倒の結果になってしまいます。顔が見えない、会ったこともない人が描いた図面に、あなたの暮らしや将来のビジョンまでは分かりません。家づくりは「おまかせ」では絶対にダメなのです。

事務所は京都にありながらも、関東や九州など全国各地から依頼が殺到。セミナーや講演なども数多く行っています。右が宇津崎せつ子さん

家族や自分の夢やしたいことをふせんに書き出して

とはいえ、どんな暮らしがしたいかと尋ねられても、なかなかうまく答えられないものです。自分のことも分からないのに、家族の考えていることまで理解するのはさらに難しいこと。漠然とした不満や、心の奥に秘めている本心や希望、夢を引き出して家づくりに反映するには、どうしたらよいでしょうか?

宇津崎さん:
家族それぞれの希望や今の家で不満に思っていること、改善したいところ、将来の夢、家でやりたいことなどを、思いつくままにふせんに書き出してみてください。たとえば「リビングでピアノを弾きたい」「探し物をなくす家にしたい」「洗濯物を2階に干すのが面倒」「子どもともっと遊ぶ時間を増やしたい」などです。パートナーへの不満でもなんでもOK。私のお客様には、「住育夢マップ」というシートにふせんを貼ってもらっています。

お客様による、住育夢マップの書き込み例。自分や家族、住まい、暮らしに向き合ってみると、思いもよらなかった希望や不満が見えてくるかもしれません。 2歳のお子さんも、お姉ちゃんの真似をして書き込んだふせんを貼っているのだとか。「しっかり理解できなくても家族みんなで幸せな家づくりをしたという記憶は小さなお子さんの心に残るはず」と宇津崎さんは言います ※住育夢マップの著作権は、開発者の一般社団法人日本住育協会・宇津崎友見にあります

宇津崎さん:
1ヶ月間リビングの壁など目立つ場所に貼っておき、ふせんとペンはエプロンのポケットなどに入れて常に持ち歩きます。親だけでなく、子どもにも一緒に取り組んでもらいましょう。家族でふせんの色を変えておくと分かりやすいですね。小さな子どもでも思いはあるので、2歳ぐらいから参加してもらうといいですよ。字は書けなくても、ご両親やきょうだいのマネをして何か書いて参加していることも多いです。ふせんに書き出してみると、自分でも気づいていなかった潜在的な夢や、価値観がハッキリしてきます。これは家づくりの軸になるもの。軸がしっかりあると、それに合わせた間取りが作れるので住み心地も格段によくなります。軸がブレていると、間取りが決まっても「これでいいのかな」と悩んでしまったり、結果的に「やっぱり違う」という家になってしまったりすることが多くなりがちなのです。

家族が自然と集まるリビングダイニングにすることが大切

住まいで最も重要なのがリビングダイニング。宇津崎さんは狭くても家族が集える空間になるよう設計・アドバイスしています

ありがちな間取りに家族の生活を当てはめるのではなく、家族の希望や暮らし方を反映した間取りにするべきなのですね。暮らしも人それぞれ、間取りもそれぞれということになりますが、どんなケースにも共通する、家づくりのポイントはありますか?

宇津崎さん:
家族が集まるリビングダイニングは大事にしてもらいたいと思っています。お子さんがいるご家庭では、家族みんなで過ごせる期間はあっという間に終わってしまいます。たまにしかない来客のためではなく、家族のパワースポットとしてリビングダイニングをつくるといいと思います。大前提は、太陽の光が入り、風が通る気持ちのいいスペース。ただし注意したいのは、居心地のよさと広さはイコールではないということです。狭くても快適にすれば、家族は自然とリビングに集まって自室にこもることも減るでしょう。それが、悩みや不安はないかなど子どもの心の変化を汲みとってあげられる環境づくりにもつながると思っています。
あとは、家族それぞれが楽しめるスペースを作ること。たとえばライブラリーを設けて大人も子どもも自由に読書できるようにしたり、ご主人の趣味の水槽を置いたり、夫婦で楽しむ小さなバーコーナーを作ったり。一緒に何かしていなくても、同じ空間で過ごせば会話は自然と増えて絆が深まるものです。

宇津崎さんの自邸。玄宇津崎さんの自邸。リビングダイニングの一角には、お母さんコーナーを設置。家事の合間に事務処理やちょっとした机仕事ができる、便利なスペースです

「奥行きのある収納と廊下はスペースのムダ」という考え方

お客様の施工例。リビングでしたいことをまず聞き出し、そのために必要なものをリストアップ。取り出しやすさ、使い勝手を計算して収納スペースを設計します

宇津崎さん:
それから、「収納はあればあるほどいい」という考えを捨て去ることが大事です。リビング収納でいうと、リビングで何をしたいのか、そのために何が必要か。それをどう収納するかという順序で考えていくとスムーズです。一般的な建売りなどの収納は奥行きが90cmであることが多いのですが、これは深すぎて使いづらいもの。奥のほうは取り出しにくいので、結局詰め込むか空洞になるかになってしまい、どちらにしろスペースがムダになります。「収納をたくさん」とオーダーすると、こういった収納が生まれることになるのです。そんな収納を作るくらいならリビングをもっと広くしたほうがいいですよね。

宇津崎さんの自邸。玄関を開けるとすぐリビングがあり、家族の顔が見えます。廊下がないぶん、リビングも広く!

宇津崎さん:
また、私が手がける設計では廊下がほとんどありません。ただ通るだけで暗く細い廊下は必要ないと思っています。特に玄関を入ってすぐの廊下。省いてすぐLDKに入れるようにすれば部屋の面積を広く取ることができます。2階の廊下もなくして少し広めのフリースペースに変えれば、もっと有効活用できます。

どのアドバイスも、注文住宅はもちろんリフォームやリノベーションにも生かすことができそうです。後日公開の後編では、住宅購入やリフォームを考える大きなきっかけになりそうな「子育て」「老後の暮らし」をキーワードに、宇津崎さんが実際に手がけた施工例と具体的なポイントを紹介していきます。お楽しみに!

取材協力/「住育の家」づくり」一級建築士事務所 宇津崎せつ子・設計室
写真提供/宇津崎せつ子著『家事・子育て・老後まで楽しい家づくり 豊かに暮らす「間取りと収納」』(アートヴィレッジ)

(最終更新日:2019.10.23)
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