2015年に相続税の基礎控除額が縮小され、相続税がかかる人の割合は2014年の4.4%から2017年には8.3%にほぼ倍増しました。(国税庁調査より)
基礎控除とは、相続財産のうち相続税の計算から差し引ける一定額のことです。相続税は預貯金などの金融資産だけでなく、自宅など不動産も対象となります。そのため、大都市圏など地価が高い土地に自宅があるだけで基礎控除を超えて相続税がかかるという事態も増えました。
しかし、相続税を払うために自宅を売却することがないように、一定の要件を満たすと自宅の土地の評価額を8割減額できる小規模宅地の特例が設けられています。この特例は二世帯住宅を建てると使える可能性が高くなります。
今回は共働き家族が増える中、注目される“二世帯住宅”と“小規模宅地の特例”の関係について考えてみたいと思います。
そもそも「小規模宅地の特例」とは
小規模宅地の特例は、亡くなった人が事業や宅地として使用していた土地について、一定の要件を満たすと一定の面積まで相続税の評価を減額できる制度です。自宅については一定要件を満たせば330平方メートル(100坪)まで80%減額できます。
例えば自宅の土地の評価額が1億円でも、特例が使えれば2,000万円の評価となります。もし、相続人が配偶者と子ども2人の3人なら、基礎控除は3,000万円+600万円×3人で4,800万円です。土地の評価が1億円では基礎控除を差し引いた5,200万円が相続税の対象となってしまいます。しかし、小規模宅地の特例が使えれば評価額は2,000万円となり、その他の相続財産が2,800万円以下であれば相続税はかかりません。
このような大きな減額を使うには以下のような一定の要件を満たす必要があります。
【1】 配偶者
特に要件はありません。
【2】 同居の子ども
相続開始直前から相続税の申告期限まで、亡くなった人が居住していた1棟の建物に住み続け、かつ申告期限まで所有していること。
【3】別居の子ども
以下の全てを満たす必要があります。
・被相続人(死亡した人)に配偶者、同居の子どもがいない
・相続開始前3年間に自分、自分の配偶者、自分の三親等以内の親族や、自分が経営している等特別な関係にある会社が所有していた自宅に住んだことがない。
・相続する家を過去所有していたことがない。
簡単に言うと、配偶者は同居別居にかかわらず80%減額評価できますが、同居の子どもは相続税の申告期限(死亡した日から10か月以内)まで住み続けかつ所有し続けないと使えません。別居の子どもは持ち家がなければ使えますが、相続開始前3年以内に自分だけでなく配偶者や自分の子ども、自分が経営する会社名義等の家屋に住んだことがあれば使えません。
小規模宅地の特例は、相続税を支払うために自宅を売却することがないように、住んでいる人や家を持たずに親の家を引き継ぐ人を守るための特例です。節税目的に自宅の名義を変更することがないように、2018年4月1日以降法律が改正されています。
また、同居の子が相続する場合、被相続人と共有名義の建物に住んでいれば土地全体についての減額が受けられますが、建物の登記が区分所有となっている場合は被相続人の居住用部分だけ特例を使うことができます。
二世帯住宅は特例を受けるために有効な手段
1つ屋根の下と言いますが、特例が使える二世帯住宅とは1棟の家に親子が同居するための家を指します。2013年以前は玄関が2つあったり、外階段があったりと外観が2世帯に分かれていると小規模宅地の特例を使うことができませんでしたが、現在では1棟の住宅であれば玄関が2つでも外階段がついていても特例を使えるため、二世帯住宅は格段に特例を使いやすくなりました。しかも、親と同居が要件ながら、介護のために老人ホームやサービス付き高齢者住宅、高齢者施設等に入居した場合は特例が使えます。
減額の幅が大きく要件が緩和されたため、巷では節税目的で兄弟や親族に相談することなくあわてて親と同居したり、二世帯住宅を建てたりという人がいるのも事実です。しかし、いくら仲が良い家族でも、何も知らないうちに兄弟の一人が親の家を建て替えて二世帯住宅を建ててしまっては、気分が良いわけがありません。
親が生きているうちは何も言わなくても、いざ相続が発生した時に法定相続分の財産を請求されたら、せっかく建てた二世帯住宅を売却してお金で分けざるを得なくなることもあります。同居の家族が親の介護や看取りをしたとしても、そもそも相談もなく建てたのだから当たり前。「法律通りに分けてください」と言われても仕方ありません。
お得よりどう分けるかが優先
二世帯住宅や三世帯住宅の相談では、すでに設計図がほぼ出来上がっていて、「ではどのように住宅ローンを組み、名義を入れるのが得策でしょうか」と聞かれることがよくあります。
しかしリタイアした親御さん世代はローンを組むことができないため、土地を提供して建物は子世帯が住宅ローンを組む、または退職金の一部を建物の建築資金の足しにしてもらう、などの資金計画が一般的です。すると土地と建物の一部は父親名義、残りの建物の資金は娘の配偶者が借りる住宅ローンだったりします。
資金を出した割合で名義を入れないと贈与税がかかることもあるため、これでは、土地100%父名義、建物1/2父名義、建物1/2娘の配偶者名義など、複雑な権利関係になってしまいます。もし別居の兄がいた場合、父の相続が発生すれば母1/2、同居の娘1/4、別居の兄1/4が法定相続分になります。別居の兄が快く妹が家を引き継ぐことを認めてくれればよいのですが、もし法定相続分を請求されると父の土地の1/4と建物の父名義分1/8の権利を請求される可能性もあります。土地が1億円、建物が4,000万円とすれば自宅分だけで3,000万円の相続財産を請求される可能性があります。
本当に裁判になってしまったら、自宅の代わりに預貯金などで準備して兄に分けなくてはなりません。もし預貯金等他の財産がなければ、母や娘家族が住む二世帯住宅を売却してお金で分けなくてはならなりません。
二世帯住宅を建てる段階では「うちは家族みんな仲がいいから大丈夫」と思う人も多いのですが、何十年も先を考えると家族の経済状況や家族構成も変わり、絶対大丈夫かどうかはわかりません。しかも、親が生きているうちは誰も何も言えなかったのが、亡くなった途端に抑えていた不満が爆発することもあります。
万が一にもこうした事態を避けるためには、二世帯住宅を考えると同時に少なくとも「親の介護をどうするか」「親が亡くなったら財産をどう分けるか、自宅しか財産がなければ同居の子どもがすべてを相続して住み続けてもよいのか」を決めておかなくてはなりません。決めたうえで、話し合った内容を「公正証書遺言」にしておけば一番安心です。遺言書は法定相続分より優先されるからです。
遺言書があっても、別居の兄には「遺留分」という法定相続分の1/2の権利が残ります。後の世代にわだかまりを残さないためにも、できれば、別居の兄弟にも遺留分に相当するくらいの預貯金や保険金を準備してあげたいものです。
特例は必ず使えるかどうかはわからない
小規模宅地の特例は宅地の評価額が8割減額という大きな魅力があります。しかし、この特例が適用できる要件は、あくまで現時点の法律によるものです。その時の社会の変化等によって法律は改正されます。
たとえば1棟の建物で玄関が2つある二世帯住宅や、介護のために高齢者住宅に住み替えることも一般的なこととなり、特例が使えるようになりました。
しかし逆に厳しくなった面もあります。以前は特例を使うために、別居の子どもが自宅を持っていないことにするために、自宅の名義を子どもや経営する会社の名義にするなどということが、節税対策として行われていました。しかし、この特例は同居していた親族を守るため、別居の子どもが親の家を引き継げるようにするための制度です。こうしたことから、2018年の改正で自分の親族や経営する会社所有の自宅に住んでいると、特例が使えなくなるなど、別居している子どもの自宅所有に対して要件が厳しくなっています。
二世帯住宅を建てる時は、節税目的が一番ではなく、家族が実家をどのように引き継いでいくのか、また子育てや高齢になった親の介護などどのように家族で協力しながら生活していくのか、という視点が重要です。
相続対策も含めて二世帯住宅を考えるときは、
1. 相続財産をどう分けるか
2. 税金がかかるのであれば納税資金をどう準備するのか、
3. 小規模宅地の特例など有利な税制を受けられるのか確認する
という順番で考えます。
次の世代まで平和に暮らしたいのであれば間違っても「3.小規模宅地の特例」を一番初めに考えてはいけません。
(最終更新日:2019.10.05)