日本橋高島屋の本館は、1933年の建設。2009年には、百貨店としては初の国の重要文化財に指定されました。2018年9月には、その歴史的・文化的価値の高い建物を中心に、新館を加えた4館による新都市型ショッピングセンター「日本橋高島屋 S.C.」として新スタートしています。これを機に本館の家具売り場もリニューアル。そこで注目されているのが、VR(仮装現実)を取り入れた家具案内の試みです。老舗百貨店が取り組む新たなインテリア提案では、どのような体験ができるのでしょうか? VR導入を担当した同店シニアマネージャーの瀬畑吉之さんに話をうかがいました。
VRプラス百貨店の提案力でインテリア選びの楽しみが広がる
記者はVR初体験。「CGでいろんな家具が見られるのかな」と大きなカタログ程度の予想でVRのヘッドセットを装着。まず表れたのは木々に囲まれた洋館のエントランス。そこからは、瀬畑さんの軽妙な語り口でVRの「部屋」へ次々と案内されました。
穏やかな外光がさし込む室内には、ソファとテーブル。手にしたコントローラで床面を指定すると、室内の好きな場所に移動でき、家具を間近に見ることができます。柔らかな木目の美しいテーブルの天板。視線を変えながら椅子の肘掛けのなめらかなデザインを確かめることも可能です。革張りのソファは、近づくほどに深い光沢を放つ高級感を実感できます。いずれも店内の照明では感じることのできない、日常の室内空間や自然光が詳細に再現されていて、その質感に「これはいいですね」「すごい」と自然に声が出てしまいます。
ブランドや商品に関する知識はゼロでも、瀬畑さんが語る「ストーリー」によってその魅力がどんどんインプットされていきます。イタリアの革職人の伝統、手に馴染む絶妙なカーブを描く木工技術…。そんなマンツーマンの案内を数室過ごすと、自分でも知らなかった意外なインテリアの好みが分かってきます。
「百貨店の良さは、豊富な商品知識とその提案力にあります。お客さまは、これは何? あれはなぜ? と、気楽にご質問いただければ、それをきっかけにお話をし、お客様の選ぶ・買う楽しみを充実させるのが私たちの役割です。しかし、スペースの関係で売り場に家具を多数置けない中、紙のカタログだけではなかなかご説明仕切れないのが実情でした。VRは、1つのブランドに集中し、間近に商品特性を見ていただくことができます。百貨店の本領を発揮できる環境が実現しました」(瀬畑さん)
ショールームとの協業で実現した「売り場だけじゃない」提案力
このVRを使った家具提案は、バーチャルだけに終わらない点が大きな特徴です。日本橋高島屋の近くには青山地区があり、そこには多くのインテリア関連のショールームがあります。同店では近隣のショールームと協力し、家具売り場で興味を持った来店客を各ショールームに案内する協業関係を築いてきたそうです。
「自分はこうした雰囲気の家具が好きと分かったら、そこからが本当の家具選びの楽しさです。色違いのもの、サイズのバリエーション、関連する製品…。ショールームでより多くの選択肢の中から気にいった物を選ぶ満足感は格段に違います。しかし、何店もの専門ショールームにいきなり飛び込んで、商品説明を求めるのはかなりハードルが高いものです。私たちの売り場を入口にして、高島屋がご紹介するお客さまとしてショールームにも対応いただく。そうした関係ができていたので、VR導入を説明すると多くのショールームが積極的に協力してくれました。このクオリティの高さは、それがなければ実現できなかったでしょう」(瀬畑さん)
VRのCGは、マンション等の建築関連VR制作で高く評価されているCG工房(宮崎県)が担当。実際に各ブランドで採寸・撮影した商品データをもとに、部屋ごとの採光に合わせた細密な表現を実現しました。VR体験をした来店客も、予想以上のクオリティに驚き、実際の家具を見たい、という感想が返ってくるそうです。
百貨店がワンストップ対応することで購入者のわがままを実現
VRの部屋の1つ「ローズギャラリー」は、本店内にあるバラショップの部屋。室内にバラを飾った生活を体験し、それを実体験したくなったら購入も可能。家具だけでなく、百貨店が取り扱う生活全般の提案にも将来的にはVRを活用できないか検討中とのことです。また、高島屋では、家具だけでなく、住宅リフォーム(高島屋スペースクリエイツ)も取り扱っているので、そうした施行検討もVRでできるようにしたいと瀬畑さんの計画はまだまだ広がっています。
「ショールームで気にいった家具を購入する際に「高島屋からの紹介で」と言っていただければ、高島屋カードでお支払いもでき、ポイントも付けられます。当然、購入家具の将来的な修理にも高島屋が窓口となって対応します。百貨店の売り場を、生活を楽しむ入口にしていただき、私たち店員に何でもご相談いただければ、ワンストップ対応でお客さまの「わがまま」を実現するサポートをさせていただきます。それは百貨店がこれまでやってきたことでもあり、これからもやって行きたいことなのです」(瀬畑さん)
生活のさまざまなシーンで、物の購入は手軽に便利になりましたが、時には何かをじっくり検討する、誰かに相談する、本物を見比べるのも楽しい時間の過ごし方となるでしょう。
取材協力:日本橋高島屋
(最終更新日:2019.10.05)