賃貸住宅の入居中に借主が部屋を汚したり、傷つけたりしたときの修繕費用として充てるための「敷金」。一般的にマンションやアパートを借りる際、初期費用として家賃の1~2ヶ月分の「敷金」が必要となります。しかし、全額戻ってくることはほとんどないのが現状です。資金をめぐるトラブル事例や知っているようで知らない「原状回復」の定義、借主負担になるもの・ならないものについて紹介します。
敷金をめぐるトラブルの例と「原状回復」の定義
引っ越しの際、気になるのが入居時に預けた敷金がどれだけ戻ってくるのかいう点。貸主と借主の間で言い分が食い違い、もめるケースもあるようです。賃貸住宅の敷金に関して、こんなトラブルがありました。
建物賃貸借契約書の特約事項に「建物の破損、汚損または付帯設備の修繕費などは借り主Aの負担である。専門業者またはこれに類する者による室内全般にわたる清掃クリーニングをAの費用負担において行う」と記載。退去の際、Bさんは特約を理由に、預託された敷金31万円のうち3万円余りの返還に応じただけでした。そこでAさんがBさんに対し敷金全額の返還を請求しました。
争いではAさんが勝訴。裁判所は「建物は時の経過によって減価し、貸し主は、これに対応じて賃料収入を得るものである。賃貸借契約開始時の状態、すなわち、時の経過がなかったような状態に、建物を復帰させるよう要求することは、当事者の公平を失するというべきである」という判断を下しました。
(東京簡易裁判所平成9年3月19日判決)
上記のトラブルは、A・Bの「原状回復」という概念の理解が異なっていたことが原因です。原状回復の意味を調べると「ある事実がなかったとしたら本来存在したであろう状態に戻すこと」とあり、あいまいです。
そこで国土交通省では「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を1998年に公表しました。同ガイドラインでは、原状回復とは「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義されています。原状回復は「借りた当時の状態に戻すことではない」こと明確化し、さらに具体例を示しています。
借主負担にならないと考えられる例
1.グレードアップの要素があるもの
畳の表替えと裏返し・フローリングワックスがけ、網戸の張り替え(破損していない場合)、専門業者による部屋全体のハウスクリーニング(借主が通常の清掃をしている場合)、エアコンの内部洗浄(喫煙等で臭い等が付着していない場合)、台所・トイレの消毒、浴槽・風呂釜等の取替え(破損していない場合)など
2.通常の住まい方・使い方をしていても発生すると考えられるもの
家具の設置による床・カーペットのへこみ・設置跡、日照等による畳・クロスの変色、フローリングの色落ち、家具設置によるへこみや設置跡・テレビ・冷蔵庫等の設置による壁の電気ヤケ、壁に貼ったポスター・カレンダー等の跡、画びょうの穴、エアコン設置によるビス穴・跡など、地震で破損したガラスなど
借主負担になると考えられる例
1.借主のその後手入れなど管理が悪く発生、拡大したと考えられるもの
カーペットに飲物等をこぼしたことによるシミ・カビ、ペットによるキズ・臭い、台所・換気扇等の油汚れ・すす、結露を放置したことにより拡大したカビ・シミ、風呂・トイレ・洗面台の水アカ・カビなど
2.明らかに通常の使用による結果とはいえないもの
雨が吹き込んだことなどによる不注意により生じた畳・フローリングの色落ち、引っ越し作業で生じたキズ、落書き、タバコ等のヤニ・臭い、重量物設置のためのくぎ穴・ネジ穴、鍵の紛失・破損による取り替えなど
入居中に意識するだけで敷金返還額に差が出ることも
借主負担になる例をみると、普段からこまめに掃除やメンテナンスをしておけば、最小限で劣化や損害が抑えられる項目が多くあります。
汚れは目立つ前に手入れをすること。洗浄効果の高い洗剤の使用するなど、毎日の生活の中でサッと掃除する癖をつけましょう。これだけで、返還額に数万円の差が出てくることも少なくありません。
また、設備が故障したら、管理会社にすぐ連絡しましょう。不具合が起きたとき、あまり使わないからといって放置しておくと、退去の段階で修理できず、交換しなくてはならなくなります。
これらは、難しいことではありません。普段から住まいをきれいに保つこと、敷金や原状回復についての正しい知識を身につけておくことで、敷金が多く戻る可能性が高くなるのです。